Takayanagi Lab.
Research
He化合物はあるのか!? ―HeBeOの精密計算―
○ ヘリウムの化合物??
化学反応を起こさないとされてきた希ガス元素も、化合物をつくることがあります。では最も軽い希ガス元素であるヘリウムの化合物もあるのか?というと、残念ながら現在はまだ発見されていません。しかし理論的にはその存在がいくつか予測されています。その中でも早い時期にその安定性が予測されたヘリウムを含む分子の一つに、HeBeOがあります。HeBeOとは、BeO(酸化ベリリウム)のベリリウム側に、ヘリウムがくっついた下図のような形をしています。
1988年G. Frenkingらは、このHeBeOを含むRg-BeO (Rg=He,Ne,Ar)が安定に存在することを理論的に予測しました。この6年後の1994年にL. Andrewsらによって、ArBeOの存在は実験的に確認されています。
○ 私たちが研究したこと
Frenkingらは様々な計算レベルでHeBeOの計算を行っています。しかし20年前に行われた計算なので、現在では当時よりさらに高精度な計算が可能になっています。そこで私たちはこの分子の計算をより精密に行うことにしました。私たちの計算結果によると、HeBeOは直線で、He-Be間の距離が1.522 Å、Be-O間の距離は1.330 Åのときが最も安定な状態であるということがわかりました。またHe-Be間の結合には5.250 kcal mol-1という、ヘリウムの化合物としては非常に大きな結合エネルギーをもつことがわかりました。
○ ヘリウムの化合物はできるか??
希ガスの化学的不活性さを利用した実験手法に、マトリックス単離法というものがあります。この手法は、希ガス原子が化学反応を起こさないという性質を利用し、不安定な分子を希ガス固体に閉じ込めて観測するという方法で、1950年代から用いられてきました。しかし実験を繰り返すうちに、中に閉じ込めた分子と希ガスが弱い結合をつくることがあるということがわかってきました。XeやKr、Arの化合物の多くは、このマトリックス単離法により発見されています。
ではヘリウムの化合物もこの方法で実験すれば…!!となるとそれは難しいのです。ヘリウムは極低温にしても液体のままで、高圧をかけないと固体になりません。ですからXeやKr、Arで行われているようなマトリックス単離法を行うのが難しいのです。
しかし近年、ヘリウム液滴法という新しい実験手法が確立されました。この方法は高真空中に数千〜数万個のヘリウム原子でつくる巨大なクラスター(He原子の集団)を生成させ、その中に分子や原子を捕まえて観測するという手法です。私たちはこの方法を用いてヘリウムクラスター中にHeBeOをつくることができるのではないか、と考えています。
○ ヘリウムの化合物なんて……
しかしヘリウムの化合物と聞くと、"そんなもん何の役に立つの??"と思われるでしょう。しかし案外役に立つかもしれません……。
現在ヘリウムは様々な用途に使われています。浮く風船や飛行船、アドバルーンの中身や吸い込むと声が変わるスプレーなどにヘリウムガスが使われていることはご存知でしょう。また少し意外なところでは、薄型で大画面が売りのプラズマテレビなんかにも使われています。日常以外では、研究機関で使われる測定機器にも使われています。さらに液体のヘリウムは約-270℃と極低温なので、医療の現場で使われるMRIのような超伝導を利用する装置の冷媒としても使われています。
このように私たちの生活や先端技術に関わりのあるヘリウムですが、産出量が少ないため貴重で高価なガスです。日本はほとんど自国で採ることができないので、ほぼ100%輸入に頼っています。しかも近年、この貴重なヘリウムの需要が世界中で増加し、ヘリウム不足が起きているのです。このためヘリウムを大量に使うような研究施設などでは、一度使用されたものを回収し再利用しています。その方法は気体となったヘリウムを、専用の吸気口で回収し不純物(空気や水蒸気など)を取り除いた後、液化して保存するというものです。しかしそれには大規模な施設を必要とし、また回収過程でのヘリウムの損失をできる限り抑えなくてはなりません。
そこでヘリウムをもっと効率よく回収するために、もし何かの物質を使って効率よく捕まえること(化合物として回収すること)ができれば、ヘリウムを安定にしかも安価に供給することができるかもしれません。意外に役立ちそうですね。