Takayanagi Lab.
Research
C2+NH反応によるHNC生成に関する理論的研究
星間空間におけるHNC/HCN存在比が1-1/100と観測されている事は広く知られているが[1-5]、一方でHNCは熱力学的にHCNよりも14 kcal/molだけ不安定だということが分かっており[6]、この事実は先ほどの存在比が熱平衡から説明することができないことを表している。近年、この存在比に関して高い注目が持たれている。
この存在比を説明するに当たって、いくつかの化学反応が示唆されている。その一つに、既に星間空間で発見されているHCNH+カチオンの解離性再結合反応がある。この反応はHCN+HとHNC+Cの2つのチャンネルを持つ反応だが、この分岐比は約1とされている[7-10]。また、中性分子同士の反応であるC(3P)+NH2(2B1)もまた、HNCの生成に重要な役割を担っていると考えられている[11-14]。
本研究で着目したのはC2+NH反応によるHNC生成である。具体的には、C2とNHについて分子動力学シミュレーションであるBOMD(Born-Oppenheimer molecular dynamics)計算を行うことで、この反応でHNCがどれだけ生成するかを研究した。全ての計算はGaussian03[15]とMolpro2002[16]プログラムパッケージを使用している。
まず最初に、最もエネルギーの低い三重項ポテンシャル曲面上における中間体と遷移状態、反応物、そして生成物の構造をB3LYP/6-311++G(d,p)によって最適化した。その構造を用い、一点エネルギー計算をCCSD(T)/6-311++G(3df,3pd)とCASPT2(10e,11o)/aug-cc-pVTZレベルでも計算し、エネルギーダイアグラムを作成した。これらエネルギーにはB3LYP/6-311++G(d,p)による振動数計算で算出された零点エネルギー補正を加えてある。ここで作成したエネルギーダイアグラムを図1に示す。
これらの結果から、B3LYPレベルの計算とCASPT2(10e,11o)レベルの計算の差は5 kcal/mol以内に収まっており、良く一致していると言える。また、これらの結果は熱力学的データから得られるC2+NHとHCN+Cの差をよく表現しており(実験値:73.1 kcal/mol、計算:71.2 kcal/mol)、CASPT2レベルの計算の妥当性を保証していると言える。
分子動力学シミュレーションはCASPT2レベルで行うことができないので、B3LYPレベルで行わなければならない。そのため、B3LYPレベルにおける計算の妥当性を保障する必要がある。そのため、いくつかの結合のscan計算を行い、CASPT2レベルとB3LYPレベルの比較を行った。
行った計算は、CCNHのCN結合のscan、CCNHのCC結合のscan、CNCHの端のCN結合のscanである。他の内部座標は全て最適化を行い、結合は1.1Åから3.0Å程度まで伸ばして調べた。その結果を図2に示す。
図から分かる通り、C2とNHの接近にエネルギー障壁は存在せず、また同様に、HNC+CとHCN+Cの反応チャンネルにもエネルギー障壁が存在しないことがわかった。また、B3LYPとCASPT2の計算結果はよく一致していることがわかる。これにより、B3LYPレベルによる分子動力学シミュレーションの妥当性が保障されたとして、次にBOMD計算を行った。
BOMD計算を行う際に重要なのは反応座標の設定である。今回は、C2とNH間の距離を4Åにし、C2とNHの初期構造は平衡距離を用いた。その他の座標はランダムに発生させ、342種類の初期状態から最大300fsまで計算を開始させた。その計算結果を表1に示す。また、反応進行過程の動画を示す。
計算の結果、C2とNH反応は97.4%の割合でHNCとCに解離することが分かった。その他のCCNHやCNCHなどは300fsでは反応を起こさなかった中間体である。
我々は解離後のHNC+Cの並進エネルギーと、HNCの持つ内部エネルギーを算出した。この結果を図4に示す。
図3を見ると、並進エネルギーは0〜4 kcal/mol、内部エネルギーは62〜66 kcal/molのところに多く分布していることが分かる。HNCがHCNに異性化するのに必要なエネルギーは33 kcal/molなので、この結果を見ると、C2+NH反応によって発生したほとんどのHNCはHCNに異性化し得ると言える。しかし、BOMD計算中にHNCがHCNに異性化した場合は見られなかった。これは動画を見ると分かるように、解離過程ではNC伸縮振動モードに多くのエネルギーが配分されているため、HNC・HCN間の異性化に必要な面内変角振動モードにエネルギーが配分されていないためではないかと推測される。
このように、現在の実験技術では確認することが難しい反応の追跡において、反応動力学計算、ひいては量子化学計算といった理論研究は非常に重要な役割を果たしていると言える。星雲中で起こっている化学反応などは極低温かつ極低圧の環境化の反応であるため、まさしくその一例であると言えるだろう。しかしながら、実験的調査もまた、理論計算の正確性を保障する上で非常に重要であることは言うまでもないことである。一例を挙げると、多くの反応系において、反応生成比に関する情報はいまだ不十分であり、極低温環境における反応生成比を得られるような実験的手法の発展は重要であると思われる。
さて、本研究では最低三重項状態のポテンシャルエネルギー曲面上のみで反応動力学計算を行ったが、以前のab initio計算によれば[17]、最低一重項状態のエネルギーレベルがかなり近くに存在することが分かっている。この点を考慮すると、実際のC2+NH反応においては、スピン軌道カップリングによる非断熱遷移が何らかの効果を及ぼすことが予想される。また、C2基底状態の718 cm-1だけ上に電子励起状態が存在していることからも[18]、最低一重項状態のポテンシャルエネルギー曲面の重要性は伺える。この方面に関する理論研究、またこれらの反応が星間空間に与える影響の決定は現在我々の研究室で進行中である。
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